佐藤直樹

来歴 profile

著書(単著)

  • 『共同幻想としての刑法』(白順社、1989年)
  • 『刑法−総論』(現代書館、1991年)
  • 『大人の<責任>、子どもの<責任>−刑事責任の現象学』(青弓社、1993年)
  • 『<責任>のゆくえ−システムに刑法は追いつくか』(青弓社、1995年)
  • 『増補版・大人の<責任>、子どもの<責任>−刑事責任の現象学』(青弓社、1998年 )
  • 『どんづまりの時代の眠らない思想−エジンバラの不思議な記憶と現象学』(白順社、2000年)
  • 『「世間」の現象学』(青弓社、2001年)
  • 『世間の目−なぜ渡る世間は鬼ばかりなのか』(光文社、2004年)
  • 『刑法39条はもういらない』(青弓社、2006年)
  • 『暴走する「世間」−世間のオキテを解析する』(バジリコ、2008年)
  • 『暴走する「世間」で生きのびるためのお作法』(講談社+α新書、2009年)
  • 『なぜ日本人はとりあえず謝るのか−「ゆるし」と「はずし」の世間論』(PHP新書、2011年)
  • 『なぜ日本人は世間と寝たがるのか−空気を読む家族』(春秋社、2013年)
  • 『犯罪の世間学-なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか』(青弓社、2015年)
  • 『目くじら社会の人間関係』 (講談社+α新書、2017年)

著書(編著)

  • 『ぼくたちの犯罪論−クロストーク刑法学解体新書』(白順社、1993年)

著書(共著)

  • 「少年非行と家族機能等に関する調査報告」有地亨編『現代家族の機能障害の実態と紛争処理の総合的研究2』(九州家族研究会、1986年)
  • 「スコットランドにおける少年裁判所の廃止」有地亨編『現代家族の機能障害とその対策」(ミネルヴァ書房、1989年)
  • 「刑法における主観と客観の『あいだ』−キール学派の刑法学の批判的検討を契機として」井上祐司先生退官記念論集『現代における刑事法学の課題』(櫂歌書房、1989年)
  • 「<少年>法の現在」芹沢俊介編『少年犯罪論』(青弓社、1992年)
  • 「精神医学のミランダ−起訴前鑑定と黙秘権」中谷陽二編『精神障害者の責任能力』(金剛出版、1993年)
  • 「<暴走族>の誕生と解体−数字のなかの少年犯罪」芹沢俊介編『解体される子どもたち−少年犯罪の政治学』(青弓社、1994年)
  • 「仇討ちを復活しよう」佐伯千仞ほか編『死刑廃止を求める』(日本評論社、1994年)
  • 「オウムはなぜ<敗北>したのか」『地獄の「オウム」録』(図書新聞、1995年)
  • 「責任能力の判断基準と<主観/客観>問題−フッサール現象学を手がかりとして』横山晃一郎先生追悼論文集『市民社会と刑事法の交錯』(成文堂、1997年)
  • 「オウム真理教事件はわれわれに何をのこしたか」澤登佳人還暦論文集『宇宙超出を語 る17人の講話』(白順社、1998年)
  • 「少年法の現在」芹沢俊介編『子どもがキレる12の現場』(小学館文庫、1999年)
  • 「のっぺりとした『大人/子ども』時代が始まった」別冊宝島編集部編『「子育て」崩壊!』(宝島社文庫、2000年)
  • 「『中間的』共同幻想としての世間」阿部謹也編『世間学への招待』(青弓社、2002年)
  • 「39条はきれいさっぱり削除されるべきだ」呉智英ほか編『刑法39条は削除せよ!是か非か』(洋泉社新書y、2004年)
  • 「現象学からみた刑事司法」和田仁考編『法社会学』(法律文化社、2006年)
  • 「子どもの<責任>」北沢毅編『リーディングス日本の教育と社会弟9巻 非行・少年犯罪』(日本図書センター、2007年)
  • 「家族と『世間』−隣人訴訟をめぐって」有地亨先生追悼論文集『変貌する家族と現代社会』(法律文化社、2009年)
  • 「法における『後期近代』と段階論』奥山忠信先生還暦記念論文集『貨幣と金融−歴史的転換期の理論と分析』(社会評論社、2013年)

訳書(共訳)

  • H・ダーデル/E・シルス編(藤崎千代子ほか訳)『大学紛争の社会学』(現代書館、1990年)
  • D・ガーランド/P・ヤング編(小野坂弘ほか訳)『処罰する権力−今日の刑罰性と社会的分析』(西村書店、1986年)

論文

  • 「検察官の控訴提起・遂行が違法かつ過失に基づくとされた事例」『法学セミナー』19 82年 2月号(横山晃一郎との共著)
  • 「近代における帰責能力の出現と展開」『法政理論』14巻 2号、1981年
  • 「労働基準法60条 3項と32条 1項との関係」『法学』47巻 1号、1983年
  • 「責任能力判断における生物学的/心理学的構成批判序説−分裂病問題を中心に」『九 大法学』47号、1984年
  • 「責任能力概念の再検討」『精神医療』14巻 3号、1985年
  • 「ピーター・ヤング『社会学、国家、および刑罰関係』を読む」『九大法学』52号、1986年
  • 「刑法における主観と客観の『あいだ』」『新刑法学会会報』 1号、1986年
  • 「労働・刑罰・狂気」『季刊クリティーク』 8号、1987年
  • 「憲法問題としての起訴前鑑定−アメリカ法における自己負罪拒否特権との関わりで」 『九大法学』54号、1987年
  • 「権力としての『いつのまにか』−日本的権力の解体という課題」『季刊クリティーク 』 9号、1987年
  • 「刑法学における段階論の基本的視座」『新刑法学会会報』 2号、1987年
  • 「責任能力判断における『心理学的』再構成−わが国の分裂病判例の批判的検討を契機 として」『九大法学』56号、1988年
  • 「司法モデルか福祉モデルか−スコットランドにおける少年裁判所の廃止をめぐって」 『福岡県社会保育短期大学紀要』22号、1989年
  • 「刑法における『あいだ』の問題」『新刑法学会会報』 4号
  • 「パシュカーニス経済・法理論の可能性−共同研究の一つの試み」『福岡県社会保育短  期大学紀要』23号、1990年 (田中史郎との共著)
  • 「<少年犯罪>の現象学」『新刑法学会会報』 5号、1989年
  • 「少年法の『保護主義』の相対化のために」『法政理論』25巻4号、1993年
  • 「責任能力概念は本当に必要か」『新刑法学会会報』 8号、1993年
  • 「子どもの<責任>」『新刑法学会会報』 9号、1994年
  • 「そして子どもは『小さな大人』になった」『imago』1995年 2月号
  • 「フッサール現象学と責任能力の課題」『新刑法学会会報』10号、1995年
  • 「不可解犯罪の続発と途方にくれる刑法」『経済往来』1997年 2月号
  • 「しのびよるテクノ・ファシズムの影−組織的犯罪対策法による通信傍受をめぐって」 『インパクション』 104号、1997年
  • 「刑法における『責任ある主体』の問題−責任能力概念の成立を手がかりとして」『法政理論』30巻 4号、1998年
  • 「主観的違法論と現象学的刑法学−西台満『主観的違法性の理論』(世界書院)をめぐって」『九州工業大学情報工学部紀要(人間科学篇)』1998年
  • 「『中世』化する資本主義と『透明』化する家族−神戸の児童連続殺傷事件をきっかけとして」『神奈川大学評論』30号、1998年
  • 「責任能力論についてのメモ−刑法39条の刑法典からの削除を」『精神医療』26号、2002年
  • 「隣人訴訟・再考−現象学的『世間』論の立場から」『法政理論』35巻 4号、2003年
  • 「イラク人質はなぜバッシングされたのか-法と『世間』のメカニズム」『法学セミナー』2004年9月号
  • 「なぜ他人の評価に過敏になるのか−『プチ世間』にしばられる子どもたち」『児童心理』2005年 3月号
  • 「心神喪失で罪を問わない刑法39条は精神障害者への逆差別である」『SAPIO』2005年 6月 8日号
  • 「刑法39条は削除されるべきだ」『テーミス』2005年 7月号
  • 「ケータイが『世間』を肥大化させている」『Mobile Society Review 未来心理』5 号、2006年
  • 「刑法39条は本当に必要なのか」『司法精神医学』 3巻 1号、2008年
  • 「子どものストレスと『プチ世間』」『CS研レポート』Vol.61、2008年
  • 「『暴走する世間』の正体」『月刊・現代』2008年11月号
  • 「現代における善/悪の判断について−『世間』論の視点から」『Tasc Monthly』No.4  06、2009年
  • 「司法はなぜ『結果責任』を問わないのか(上)−亀岡暴走事件の軽すぎる『罪と罰』  」『新潮45』2012年 7月号
  • 「司法はなぜ『結果責任』を問わないのか(中)−少年法と保護主義」『新潮45』2012 年8月号
  • 「司法はなぜ『結果責任』を問わないのか(下)−刑法39条は削除すべきである」『新 潮45』2012年9月号
  • 「厳罰化と『世間』−日本における後期近代への突入をめぐって」『法政理論』45巻 4  号、2013年
  • 「身分と「世間」」『多民族研究』(多民族研究学会)8号、2015年
  • 「生活保護受給者とギャンブル-別府市による支給停止処分をめぐって」『消費者法 ニュース』108号、2016年
  • 「なぜ、日本では略奪も暴動もおきないのか-世間学の立場から」『青少年問題』663号、2016年

エッセイ・書評・インタビュー・新聞論説

  • 「90年代の透視図(1)ガッコーに風穴を」『法学セミナー』1990年4 月号
  • 「90年代の透視図(2)幻想としてのカード社会」『法学セミナー』1990年5 月号
  • 「90年代の透視図(3)家族はどこへゆく」『法学セミナー』1990年 6月号
  • 「90年代の透視図(4)<他者>としてのガイコクジン労働者」『法学セミナー』1990年 7月号
  • 「90年代の透視図(5)臓器移植に未来はあるか?」『法学セミナー』1990年 8月号
  • 「90年代の透視図(6)映像が垣根をこえる時」『法学セミナー』1990年 9月号
  • 「90年代の透視図(7)ワープロの時代」『法学セミナー』1990年10月号
  • 「90年代の透視図(8)少年がショーネンでなくなるとき」『法学セミナー』1990年11月号
  • 「90年代の透視図(9)誰にも責任がない時代」『法学セミナー』1990年12月号
  • 「90年代の透視図(10)<健康>を強制される時代」『法学セミナー』1991年 1月号
  • 「90年代の透視図(11)神々はどこゆく?」『法学セミナー』1991年 2月号
  • 「90年代の透視図(12)ニホンを『出入り自由』にしよう」『法学セミナー』1991年3月号
  • 「刑法学を生き生きとしたものに」『法学セミナー』1991年10月号
  • 「副島隆彦=山口宏『法律学の正体』」『法学セミナー』1992年 1月号
  • 「少年犯罪と家族問題」『西日本新聞』1994年11月10日
  • 「オウムの誤算」『図書新聞』2248号、1995年 6月 3日
  • 「オウム現象を読み解く『方法』が問われている」『図書新聞』2296号、1996年 6月 8日
  • 「私たちの刑法は、世間です」『New Paradigm』19巻、1996年
  • 「白井センセーの超ライブ−犯罪理論のコペルニクス的転回」『図書新聞』2395号、1998年 6月27日
  • 「『小さな大人』化する子ども−少年法改正の法制審答申」『朝日新聞』1999年 2月16日
  • 「のっぺりとした『大人/子ども』時代が始まった」『別冊宝島』 426号、1999年
  • 「精神障害犯罪者には<責任>はないか?」『出版ニュース』1852号、1999年
  • 「『少年法』問題を考える」『高校教育展望』2000年 8月号
  • 「『世間学会』への招待」『毎日新聞』2000年11月14日夕刊
  • 「『責任能力』のゆくえ−学校乱入事件を考える」『毎日新聞』2001年 7月13日夕刊
  • 「世間を読み解く−ウサマ・ビンラディン、『氏』はいつ取れる?」『毎日新聞』2002 年 1月11日夕刊
  • 「世間を読み解く−『ほっといてくれー』という権利について」『毎日新聞』2002年 3月11日夕刊
  • 「世間を読み解く−贈与・互酬の関係」としての『口利き』」『毎日新聞』2002年 5月10日夕刊
  • 「世間を読み解く−副領事はなぜ帽子を拾ったか」『毎日新聞』2002年 7月19日夕刊
  • 「世間を読み解く−役人は個人情報をしっかり守れるか」『毎日新聞』2002年 9月13日 夕刊
  • 「世間を読み解く−『共生』が『強制』にかわるとき」『毎日新聞』2002年11月 8日夕刊
  • 「世間を読み解く−『対立』の創唱宗教、『共生』の自然宗教」『毎日新聞』2003年 1月24日夕刊
  • 「世間を読み解く−インターネットはカオナシネット」『毎日新聞』2003年 3月14日夕刊
  • 「世間を読み解く−民間出身校長はなぜ死んだのか」『毎日新聞』2003年 5月 9日夕刊
  • 「時代の肖像62(上)−自己決定は幻想?」『読売新聞』2003年 7月 5日夕刊
  • 「世間を読み解く−ネット心中の奇妙な浮遊感」『毎日新聞』2003年 7月11日夕刊
  • 「時代の肖像62(下)−負の側面否定し肯定へ再構築を」『読売新聞』2003年 7月12日夕刊
  • 「世間を読み解く−親は子の犯罪に責任をとれるのか」『毎日新聞』2003年 9月19日夕刊
  • 「世間」を読み解く−駐レバノン大使はなぜ解雇されたのか」『毎日新聞』2003年11月14日夕刊
  • 「他者なき時代に−片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』を読む」『毎日新聞』2004年 2月 6日夕刊
  • 「世間を読み解く−番外編・イラク人質バッシング」『毎日新聞』2004年 4月20日夕刊・「途方にくれる刑法−刑法39条は削除されるべきだ」『草思』2004年5月号
  • 「プチ世間に縛られるコミュニケーション」『西日本新聞』2004年 7月 7日
  • 「集団の意思、仕組み解剖」『北海道新聞』2004年 7月18日
  • 「なぜそんなに『世間』を気にするのか」『婦人公論』2004年12月 7日号
  • 「木村敏『関係としての自己』」『文学界』2005年 7月号
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2005年 1月号
  • 「環境から風土へ−『世間』論という視点から」『草思』2005年 8月号
  • 「ラジカルでヤバイ世間学」『朝日新聞』2005年 5月13日夕刊
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2007年 1月号
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2008年 1月号
  • 「新聞時評−危険運転致死傷罪と『世間』」『毎日新聞』2008年 1月29日
  • 「新聞時評−主体を隠蔽する『分かった』という言葉」『毎日新聞』2008年 3月4日
  • 「新聞時評−三浦和義さんは『元社長』なのか『容疑者』なのか」『毎日新聞』2008年 4月 1日
  • 「新聞時評−もっと格差社会の焦点化が必要だ」『毎日新聞』2008年 4月29日
  • 「渋谷・夫殺害事件判決を読む」『朝日新聞』2008年 5月17日夕刊
  • 「宮崎事件とはいったいなんだったのか」『西日本新聞』2008年 6月25日
  • 「日本人の行動規律する幻想」『熊本日日新聞』2008年11月18日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2009年 1月号
  • 「人物現在形−暴走する見えぬ掟を知悉せよ」『西日本新聞』2009年 9月12日
  • 「聞く・時代相−暴走する『世間』㈰」『北海道新聞』2009年11月10日夕刊
  • 「聞く・時代相−暴走する『世間』㈪」『北海道新聞』2009年11月11日夕刊
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2010年 1月号
  • 「各自核論−死刑制度存廃論議」『北海道新聞』2010年10月16日夕刊
  • 「世間のミカタ1 −心理的フクザツ骨折」『西日本新聞』2010年12月1 日
  • 「世間のミカタ2 −『世間』と『社会』」『西日本新聞』2010年12月2 日
  • 「世間のミカタ3 −お返しのオキテ」『西日本新聞』2010年12月3 日
  • 「世間のミカタ4 −身分制」『西日本新聞』2010年12月6 日
  • 「世間のミカタ5 −KY」『西日本新聞』2010年12月7 日
  • 「世間のミカタ6 −告白」『西日本新聞』2010年12月8 日
  • 「世間のミカタ7 −信心深い日本人」『西日本新聞』2010年12月9 日
  • 「世間のミカタ8 −「権利=正しい?」『西日本新聞』2010年12月10日
  • 「世間のミカタ9 −学校のオキテ」『西日本新聞』2010年12月14日
  • 「世間のミカタ10−レンタル家族」『西日本新聞』2010年12月15日
  • 「世間のミカタ11−sengoku38 は英雄?」『西日本新聞』2010年12月16日
  • 「世間のミカタ12−1969年 3月30日」『西日本新聞』2010年12月17日
  • 「世間のミカタ13−自殺の理由」『西日本新聞』2010年12月20日
  • 「世間のミカタ14−政治家の信念」『西日本新聞』2010年12月21日
  • 「世間のミカタ15−お葬式」『西日本新聞』2010年12月22日
  • 「世間のミカタ16−教室は地雷源」『西日本新聞』2010年12月23日
  • 「世間のミカタ17−プチ世間」『西日本新聞』2010年12月24日
  • 「世間のミカタ18−白熱教室」『西日本新聞』2010年12月27日
  • 「世間のミカタ19−謝罪の呪力」『西日本新聞』2010年12月28日
  • 「世間のミカタ20−家族の『責任』」『西日本新聞』2010年12月29日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2011年 1月号
  • 「世間のミカタ21−月の情緒」『西日本新聞』2011年 1月 5日
  • 「世間のミカタ22−即レス症候群」『西日本新聞』2011年 1月 6日
  • 「世間のミカタ23−臓器移植」『西日本新聞』2011年 1月 7日
  • 「世間のミカタ24−いい年をして」『西日本新聞』2011年 1月10日
  • 「世間のミカタ25−ホールインワン」『西日本新聞』2011年 1月11日
  • 「世間のミカタ26−過労死」『西日本新聞』2011年 1月13日
  • 「世間のミカタ27−死刑制度」『西日本新聞』2011年 1月14日
  • 「世間のミカタ28−犯罪の少なさ」『西日本新聞』2011年 1月17日
  • 「世間のミカタ29−しかたがない」『西日本新聞』2011年 1月18日
  • 「世間のミカタ30−富士山のゴミ」『西日本新聞』2011年 1月19日
  • 「世間のミカタ31−ヤケクソ型犯罪」『西日本新聞』2011年 1月20日
  • 「世間のミカタ32−うるさい日本」『西日本新聞』2011年 1月21日
  • 「世間のミカタ33−入学取り消し」『西日本新聞』2011年 1月24日
  • 「世間のミカタ34−アラフォー」『西日本新聞』2011年 1月25日
  • 「世間のミカタ35−被害者の名前」『西日本新聞』2011年 1月26日
  • 「世間のミカタ36−口蹄疫」『西日本新聞』2011年 1月27日
  • 「世間のミカタ37−無宗教」『西日本新聞』2011年 1月28日
  • 「世間のミカタ38−恋人たちの距離」『西日本新聞』2011年 1月31日
  • 「世間のミカタ39−今後ともよろしく」『西日本新聞』2011年 2月 1日
  • 「世間のミカタ40−散歩と景観」『西日本新聞』2011年 2月 2日
  • 「世間のミカタ41−ツイッター」『西日本新聞』2011年 2月 3日
  • 「世間のミカタ42−ゆるし」『西日本新聞』2011年 2月 4日
  • 「各自核論−過労死の背景」『北海道新聞』2011年 2月 5日
  • 「世間のミカタ43−過剰」『西日本新聞』2011年 2月 7日
  • 「世間のミカタ44−タイガーマスク」『西日本新聞』2011年 2月 8日
  • 「世間のミカタ45−おカネの呪術性」『西日本新聞』2011年 2月 9日
  • 「世間のミカタ46−加害者家族」『西日本新聞』2011年 2月10日
  • 「世間のミカタ47−円環的時間」『西日本新聞』2011年 2月11日
  • 「世間のミカタ48−嘘と告白」『西日本新聞』2011年 2月15日
  • 「世間のミカタ49−いい年をして」『西日本新聞』2011年 2月16日
  • 「世間のミカタ50−世間学の役割」『西日本新聞』2011年 2月17日
  • 「各自核論−『しかたがない』という言葉」『北海道新聞』2011年 6月 4日夕刊
  • 「排他的な日本の世間が同調を強要する」『広報会議』2011年 7月号
  • 「各自核論−『空気』の支配」『北海道新聞』2011年 9月10日夕刊
  • 「各自核論−日本社会の『個人』不在」『北海道新聞』2011年12月 9日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2012年 1月号
  • 「各自核論−1年単位の歴史意識」『北海道新聞』2012年 3月30日
  • 「各自核論−近代刑法を貫く『意思責任』」『北海道新聞』2012年 7月13日
  • 「自著を語る」『青少年問題』 644号、2012年
  • 「『空気』に揺れる有権者」『西日本新聞』2012年12月22日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2013年 1月号
  • 「各自核論−資格検定の流行」『北海道新聞』2013年 2月 1日
  • 「各自核論−『皇太子退位論』が物議」『北海道新聞』2013年 6月 7日
  • 「窮屈な『世間』克服を」『西日本新聞』2013年9月28日
  • 「各自核論-世田谷ナンバー騒動」『北海道新聞』2013年10月18日
  • 「各自核論-オレオレ詐欺の土壌」『北海道新聞』2014年3月21日
  • 「大学の『ぼっち席』に思う」『西日本新聞』2014年6月28日
  • 「各自核論-都議会の性差別ヤジ」『北海道新聞』2014年7月11日
  • 「各自核論-氾濫する土下座」『北海道新聞』2014年10月10日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2015年1月号
  • 「各自核論-伸び鈍い脳死移植」『北海道新聞』2015年2月6日
  • 「日本を覆う『いやな空気』の正体」『デジタルイミダス』2015年4月17日
  • 「各自核論-日本を覆う『いやな空気』」『北海道新聞』2015年6月12日
  • 「日本人がこだわる世間の『ウチ』と『ソト』」『デジタルイミダス』2015年7月29日
  • 「各自核論-バッシングの底流」『北海道新聞』2015年10月10日
  • 「世間が容認する『無責任』の構図」『デジタルイミダス』2015年10月30日
  • 「今年の執筆予定」『出版ニュース』2016年1月号
  • 「各自核論-組み体操の思想」『北海道新聞』2016年3月12日
  • 「犯罪加害者家族の支援について考える」(平成28年度東北弁護士連合会定期弁護士大会シンポジウム・山形市)2016年7月1日
  • 「各自核論-義援金バッシング」『北海道新聞』2016年7月23日
  • 「自著を語る」『青少年問題』663号、2016年
  • 「”みっともない”の美学-世間と日本人の行動原理」(日本文藝家協会主催「文芸トークサロン」)2016年10月21日
  • 「少年法適用年齢引下げ-『世間』」への<再埋め込み>をめぐって」(日本犯罪社会学会第43回大会・神戸市「テーマセッション」)2016年10月29日
  • 「少年法適用年齢引下げと『世間』」(日本世間学会第36回研究大会・東京)2016年11月5日
  • 「奥山忠信著『貧困と格差-ピケティとマルクスの対話(社会評論社)』を読む」『ちきゅう座』2016年11月15日
  • 『平成28年度 東北弁護士連合会定期弁護士大会シンポジウムの記録 テーマ「犯罪被害者の支援について考える」』東北弁護士連合会・山形弁護士会編、2016年
  • 「今年の出版予定」『出版ニュース』2017年1月上・中旬号
  • 「各自核論-夫婦の姓と『世間』」『北海道新聞』2017年2月4日
  • 「もう『忖度』なんていらない」『デジタルイミダス』2017年6月9日
  • 「書評・『正義』がゆがめられる時代」『北海道新聞』2017年6月11日
  • 「各自核論-『忖度』と世間」『北海道新聞』2017年7月1日
  • 「『忖度』とは何か」『毎日新聞』2017年9月3日
  • 「"忖度"はなぜ英語にできないのか」(日本文藝家協会主催「文芸トークサロン」)2017年9月15日
  • 「各自核論-改元と歴史意識」『北海道新聞』2017年10月14日
  • 「成果主義 考え直す時」(インタビュー)『東京新聞』2017年10月27日
  • 「2017年衆院選 選択の時を終えて」『西日本新聞』2017年10月28日

辞書・辞典

  • 「親告罪」比較家族史学会編『辞典家族』(弘文堂、1996年)
  • 「世間」『現代社会学辞典』(弘文堂、2012年)

入試問題への採用

  • 「『小さな大人』化する子ども」『朝日新聞』  日本大学法学部国語(2000年)
  • 『「世間」の現象学』  山梨大学教育人間科学部小論文(2004年)/拓殖大学国語(2008年)/上智大学小論文(2011年)/日本大学経済学部AO入試小論文(2013年)/早稲田大学大学院法務研究科小論文(2014年)
  • 「『中間的』共同幻想としての世間」阿部謹也編『世間学への招待』  仁愛大学国語(2005年)
  • 『世間の目』  東京情報大学国語(2005年)/帝京大学国語(2005年)/嘉悦大学経営経済学部国語( 2007年)/大手前大学公募制推薦入試国語(2017年)
  • 『暴走する「世間」で生きのびるためのお作法』  宮城学院女子大学国語(2011年)
  • 『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』  宇部フロンティア大学国語(2012年)/香川西高等学校国語(2012年)/羽衣国際大学小論文(2014年)/姫路獨協大学国語(2016年)
  • 『なぜ日本人は世間と寝たがるのか』 日本大学法学部国語(2014年) 
  • 『大人の<責任>、子どもの<責任>』大阪成蹊短期大学国語(2011年)
  • 「大学の『ぼっち席』に思う」『西日本新聞』九州大学理学部・歯学部・薬学部・工学部英語(2015年)
  • 『犯罪の世間学』/関西福祉大学国語(2017年)
  • 「各自核論-義援金バッシング」『北海道新聞』札幌大谷大学国語(2017年)
                                        

テレビ・ラジオへの出演

  • 「視点・論点」(NHK教育テレビ)2004年 7月16日
  • 「週刊フジテレビ批評」(フジテレビ)2004年10月30日
  • 「週刊エンター」(文化放送)2011年 5月30日
  • 「ジョージ・ポットマンの平成史」(テレビ東京)2012年3月17日
  • 「クローズアップ現代」(NHKテレビ)2013年2013年10月8日
  • 「月刊うわトーク」(MBSラジオ)2015年1月16日
  • 「所さんのニッポンの出番」(TBSテレビ)2015年2月17日
  • 「アサデス。」(KBC九州朝日放送)2016年2月16日
  • 「ビーバップ!ハイヒール」(朝日放送)2016年8月18日